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中田引退に寄せてその

既にこれを書いている16日現在、W杯も終わり中田引退のニュースも
語られ、飽きられて来ている。
あまりメジャーな話題にコメントを寄せるのは性に合わないのだが
リクエストもあったため書いてみることにする。

それではまず中田英寿という人を語る上で外せない
サッカー選手としての彼について見解を

・実績としてのピークはやはりペルージャ時代の2シーズン目ではないかと思う

1シーズン目
「ボールが回ってこなかった」と彼が言ったように
彼はただの「可能性」だった。
ペルージャの買った「当たりクジ」である可能性が高い最善の「商品」に過ぎなかった。
求められるのは「結果」では無く、「損をしない」ことであったと思う。
このシーズン、そしてデビュー戦での2得点で彼は初めてチームに戦力として認められた。
得点を決めた時の意外そうなチームメイトの顔が、それを物語っていた。
また、この2得点でその後かなりの期間、欧州の移籍市場を渡り歩く事が出来た。
ただ計10得点(PKが多い)は立派な成績である。
得点だけを見ればこのシーズンが彼の最大の実績のようだが
敢えて2シーズン目にしたのは以下理由からだ。

2シーズン目
当時のペルージャは彼のチームであり、アウェーでなぜか勝てないチーム一人嘆いていたのが印象的だった。
ラパイッチ(当時のエースストライカー)との連携は「素晴らしい」まではいかないが「日本人とは思えない」レベルにまで達していた。
一シーズン目とは違い、完全にチームの司令塔としてフィットし十二分に機能していた。
攻めは彼が絡めば脅威となり、守りも彼のキープ力が安定して貢献していた。
イタリアサッカーもまだ面白く、スピーディーで緊張した試合を毎回楽しみに見ていたのを覚えている。
一番感じたのは「中田あんな早いのパスをトラップできるラパイッチってすげぇ」ということではあったが(笑)、
他の才能に助けられている分を引いてもサッカーというチーム競技で彼は11/1以上の選手であることは間違えなかった。
ラパイッチからの要求にも応える中で中田もパサーとして成長していたと思う。

当時世界最高のリーグ(著者感で)であるセリアAの「残留可能なレベルのチーム」が、
一日本人を中心にチームを作り実績を上げ、更にチームの力は成長曲線を描いていた。
中田にとって、彼を応援する人にとって理想的な展開だった。


当時ペルージャはセリエBより昇格を果たしたばかりで、1部残留の為の補強の一人として中田を獲得した。
批判的に言えば、当時彼がヨーロッパで通用すると思っていた人間は世界的に見ても非常に少なかったと思う。
だが、その中でリスクを取り、中田を獲得した補強担当者こそ、真のチーム貢献者であり、中田よりも評価されるべきだ。
現にペルージャはその後セリエBに落ちる事無く1部に長い期間定着したチームへと変貌した。
そして中田は買った額の何倍もの値が付く「商品」へと化けたのだ。

〜以下その△悄
ほーい * サッカー * 01:58 * comments(0) * trackbacks(0)

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