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中田引退に寄せて その

2004年-2005年 - フィオレンティーナ
ボローニャよりは色気のあるチームであり勝ちに欲を出したチームだった。
彼は期待され10番を背負った。
予めお断りするが見た試合数が少ないが
印象としては、「やり方で良い所まで勝てるチーム」であったと思う。

勝つ意志があり、

必要な選手が居るにもかかわらず、

戦術がまとまらず

体力がない(配分が下手)

と少しの要因で勝ち負けどちらにでも転ぶ危うさがフィオレンティーナにはあった。
もし有能な監督いれば予想外の結果が出てもおかしくなかった。
結果は常識的にそうではなかったが。
中田はこのチームでボローニャほど周りが守備をせず守備への貢献を求められていた。
勿論それに応える程の守備力は彼には無い。


2005年-2006年 - ボルトン・ワンダラーズ
最後のチームとなったボルトンだが、「選手再生工場」と言われるアラダイス監督の元で
再出発を期したが、同ポジションのオコチャが活躍(僕は見ていないが)して彼の居場所は小さくなってしまったと言われる。
しかし冷静に受け止めれば、日本の中心選手(中田)はナイジェリアの33歳(オコチャ)に劣るレベルでしか過ぎないと言うことである。

相変わらず

・攻撃では中途半端なポジション(上がり損、無駄な下がり)
・放り込むだけの遅いセンタリング
・パスが回ってこないチーム内での評価
・パスを呼び込めないアイデア不足

と上げれば切りがないが、日本人でなければコメントするほどの選手ではない。
上記のような状態を「回りが悪い」と言う人もいて確かに一理あるが、
どこのチームに行っても、そうなる選手は「一流」とは言わないのである。


引退に対して、「自分の望むプレーが出来なくなった」と語っていたが
僕からすれば今ごろ気付いたのかと言いたい。
中田が生きるのはボローニャ・ペルージャのような弱小1部のチームである。
日本代表もそういう部類に入る戦いをしている時は機能した。
「悪い所を直すのではなく、(メンバーの)良い所を出し合って戦いたい」と
2006W杯前に言っていたが、
彼はなぜ(自分の良い所を生かす)弱小チームに移籍しなかったのか。
サッカー選手として年俸にこだわるのは当然だと思うが、安い給料でも彼が生きるチームがあることは間違いない。
ただこの点はチーム間の移籍金という制度に問題がある可能性も考慮せねばならないが、それは中田だけに言えることではない。
全ての選手は同環境で結果を出している。国籍問題は選手枠上日本人には不利であることは間違いないが。

ほーい * サッカー * 15:40 * comments(0) * trackbacks(0)

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